日本神話 神・英雄・怪人

『一休さん』、ん〜〜、大人になった一休さんの人柄とは

更新日:

「一休さん」は誰もが子供の頃には一度は見たことがある人気テレビアニメシリーズ。教育番組、良い子の「一休さん」がしっかりと脳裏に焼き付いています。

ところが近年オヤジになったそれもかなり破天荒(?)、シュールになった一休和尚がそれもなんとNHK番組に登場。

そこで今回は「すきすき、すきっ、すきっ、一休さん♪」からシュールな一休和尚までの驚く変貌を考えます。

画像出典:GigaziNE

一休和尚の実像は

出典:pixiv

実在の禅僧。一休宗純(いっきゅうそうじゅん)明徳5(1394)年~文明13(1481)年(室町時代) 臨済宗の僧。「大人の一休さん」の破天荒な性格は実際の一休和尚の実像に近いものであったと思われます。

一休さんは後小松天皇の落胤((らくいん)身分の高い男性と正妻でない女性の間に生まれた子供の意味)として誕生し、6歳の時名を「周建」と改め安国寺の童子となります。

17歳になって、純禅を求めようとして西山西金寺の謙翁宗為和尚へ参禅。その西金寺は今にも壊れそうな貧乏寺、謙翁和尚の宗風は孤高嶮峻で通っていたといわれています。

つまり、謙翁和尚を唯一の師と仰ぎ、わざわざ貧乏寺の偏屈和尚のもとで修行する道を選んだということですね。

20歳になって「宗純」という道号を授かります。

一人前の禅僧となった頃、けれど僧の世界も権力争いや師匠の系統間の抗争も激しかった時代でもありました。

一休さんは禅宗の俗化に反発し、各地を行脚して武士・町人と自由に交際、禅の普及に努めたといわれています。

厳格な修行を行い、自身が貰った印可(修行の証明書)を焼き捨ててしまう、木刀を腰に差し「今の禅僧はこんな木刀みたいな連中ばかりだ」と非難するなど、時勢に対して歯に衣を着せぬ言動、奇行をおこない禅のありかたを主張したといわれ、その奇行は当時の民衆に広く受け入れられました。

晩年は81歳で大徳寺の住持となり、88歳で死去、その墓標には「後小松天皇皇子 宗純王墓」と記されています。

一休さんに関する出版物としては幼時の奇才を伝える「一休頓智咄」『狂雲集』があります。



「あわてない、あわてない、一休み、一休み」な「一休さん」の人気は

「一休さん」は日本の長寿番組のひとつ

1975年〜1982年の7年間、全296話の放映、「日本昔ばなし」や「サザエさん」など日本の長寿アニメ番組のひとつです。それ以降も「えりなかずきの一休さん」やプレミアム番組としても放映、廃れない「一休さん」人気が伺えます。

ちなみに良い子の「一休さん」に登場する新右衛門さんも実在の人物、K1ファイターの武蔵はその子孫にあたるとか。

「オトナの一休さん」

NHKラジオドラマとEテレのアニメ番組。第一シリーズ、第二シリーズとして2016年6月〜2017年6月まで放映されていました。

煩悩に従い、執着心を捨てた破天荒な一休和尚、その「破戒僧」の生き様が、もしかしたら道に迷った私たちに新たな指針を指し示してくれるかもしれません。

まとめ

出典:pinterest

夏休みの朝番組で当たり前の様に見て育った「一休さん」が「オトナの一休さん」の様に変わってしまうのは正直なところショックです。

けれど、その内容を冷静に受け止めれば、禅の教えを色濃く(濃すぎ?)伝えようとする思惑が伝わってきます。なんとなく、エゲツナイ「江原啓之」さんを見ている様。

けれど考えれば、坊主は生臭いのが自然なのかもしれませんね。



Copyright© 世界の神話・伝説 , 2019 All Rights Reserved.