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妲己(だっき)九尾の狐の化身、玉藻前になった傾城の悪女

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妲己は中国出身、国を滅ぼした大した悪女。けれど日本においても古くから馴染みの深い存在です。歌舞伎や講談の題材になったり、狐の化身である妖怪だったり。

現代でも「鬼灯の冷徹」では年増の魅力で、「無双OROCHI」ではキュートなお色気で、相変わらず男性のハートを鷲掴みです。

画像出典:blog.livedoor


妲己という美女

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妲己は、中国最古の国、「殷」王朝の「紂王」の妃。絶世の美女と謳われる有蘇氏の娘、紂王が有蘇氏を倒した際、降伏の印として殷王に献上されて妃となりました。

その「殷」は後に(紀元前17世紀頃)「周」によって滅ぼされ、その際妲己も紂王と共に討ち取られています。

妲己の魅力

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殷の時代、人間は食料や薬にもなるモノとして扱われていました。邪気を払う生贄としたり、町や村などの境には野晒しにした人首(邑)や遺骨を逆さに吊るした(県)を目印にしていたとも伝えられています。

その時代宮中に仕える女官は数千人にのぼり、当初の妲己はその中のひとりに過ぎません。

ある時、狂宴に耽る王の催す催事に落雷があり、王は逃げ惑う裸の群衆の中、ただ立ち尽くす妲己に目を奪われます。王はその時から雷にも動じない妲己の美しさの虜になったと伝えられています。

妲己の中の悪

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紂王は妲己を喜ばせたいがため更に淫蕩な世界に溺れてゆきます。

妲己のための離宮が造られ、庭には酒で満たされた池、木々には肉が吊るされ、裸体の男女がその中を戯れます。紂王と妲己は、それらを眺めながら自らも歓楽に耽ったといいます。

愚かな人間の行為に「酒池肉林」という言葉がありますが、それはまさにこの王と王妃を例えた言葉なのです。

更に妲己は人が殺し合う様や惨殺される酷い様を見て楽しみました。「蟇盆(たいぼん)」や「炮烙(ほうらく)」の刑もこの時に考えられたもの。蟇盆はサソリや毒ヘビのひしめく穴の中に罪人を突き落とすというもの。炮烙は燃え盛る火の上に油を塗った銅の筒を渡し、罪人に筒を渡らせるというもの。

王と王妃は死にゆく罪人達の様を熱狂して楽しんだといいます。

妲己の最期

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やがて、殷王の側近の死後、周の武王が殷に攻め入ります。

殷軍70万に対して周軍40万という戦力の差がありましたが、すでに紂王を見限っていた殷の兵士に戦意はなく敗北。600年続いた殷王朝は終焉を迎えます。王は宮殿に火を放ち討ち死。武王は妲己を捕らえて首を刎ね晒しものにしたと伝えられています。

伝説になった悪女

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妲己は中国だけでなく、日本に存在する妖狐や悪女伝説とも結びつけられ今日に語り継がれています。

封神演義

「封神演義」とは明の時代の神怪小説。妲己はその正体が九尾狐狸精(きゅうびこりせい)として登場しています。物語では九尾狐狸精が殷周革命を実現させるために遣わされ、冀州侯蘇護の娘、蘇妲己(そ だっき)の魂を奪って妲己になりすまし、紂王を堕落させて殷を滅ぼします

最期は太公望によって捕らえられ、斬首されて死亡。 中国の歴史に基づいた小説のようです。

玉藻前

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玉藻前(たまものまえ)は平安時代末期実在したとされる鳥羽上皇の寵姫。天竺(てんじく)で悪行をかさね,日本に飛来したといわれる金毛九尾の狐の化身である絶世の美女。陰陽師安倍泰成(あべのやすなり)に射殺され,その霊は下野国那須野原で殺生石になったと伝えられています。

妲己のお百

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「妲己のお百」は江戸時代、宝暦年間に実在したとされる希代の毒婦です。

お百は京都の賤家に生まれた大変な美女。14歳で祇園の遊女となり、出羽久保田藩の用人に身請けされます。その後江戸の役者と姦通、江戸に渡り、吉原で遊郭の女房となり、武家の妾となったりと男を渡り歩き、その間五人の男性を殺害しています。日本最大の悪女として歌舞伎や小説、講談などの題材として取り上げられています



妲己ねえさん、現代でもお色気全開

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封神演義の妲己は太公望の最大にして最強のライバル。ラスボスにして物語のヒロインです。
金鰲島出身の仙女であり殷の皇后。その正体は1700歳を生きた狐の妖怪仙人。



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無双OROCHIシリーズではお色気担当悪女として登場


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まとめ

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悪女が悪女たらしめている姿がかっこいいと思ってしまう、正直な感想です。残念ながら自分が悪になれるかどうかと自問すれば、やはり「覚悟がないからムリ」という結論に至ってしまいます。

余談ですが、いさぎよいという漢字は「潔い」と書くのですが、潔いの意味には清らかや清々しい、澄み切ったという意味が含まれています。

悪に徹する=いさぎよい、やはり違いますね。



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